PORTRAIT -Popular edition-
2022,tabatashoten,田畑書店
Design:Kenya Hara,Yukie Inoue
Writer:Shinji Otsuki
ポルトレが始まった頃
このポルトレの連載は一九九九年七月号からなので、今から二十三年前のこと、はじまりは私が三十九か四十歳の頃だった。
『PORTRAIT-Popular edition-』序文より
当時、東京を出て、この後の人生をニューヨークで暮らそうかと考え始めていた。それを実行するため妻と当時三歳の娘を連れ、三人で冬のニューヨークへ出掛けた。適当なアパートも見つかり、新しい暮らしの始まりにワクワクした思いを抱え東京に戻る飛行機の中、窓の外に見える風景を見ながら、急に私の考えが揺らぎ、そして自問自答が始まった。
自分はニューヨークで何を撮るのか、撮りたいのか?
それはポートレートだ。
それなら今現在、これまで育ち生きた日本での、日本人のポートレートは撮れたのか?そしてそれは十分なのか、いや、まだまだ撮れていないのではないか?
そんな自問自答が続く中、隣でぐっすり眠っている妻や長女の寝顔を見ていると、いまさらこんな自問をしている自分をつくづく情けなく感じたのを覚えている。
目覚めた妻に、正直に自分の現在を話した。妻は”そうすればいいんじゃない、ニューヨークへはいつでも行けるよ”とあっさり言ってくれたのだった。温かく、やさしい言葉にありがたい思いで一杯になった。
成田空港に着き、スーツケースを受け取り、空港のロビーからともかく朝日新聞社の大槻氏に電話をした。
「作家のポートレートを撮りたいのですが何とかなりませんか?」
その電話の向こうから、「今すぐの確約は出来ないけれど、自分が編集をしている『一冊の本』という月刊誌があり、そこで安岡章太郎氏の連載がもうすぐ終わる予定となっているので、そこでどうか」という、天からの言葉ではないかと思うほど、嬉しい返事が聞こえてきた。
“ニューヨークへはいつでも行ける。”
思いっきり日本人の大事なポートレートを撮りたい、そして撮ろう、と。
電話の向こうの大槻氏の声を聞きながら、ゾクゾクしたのを覚えている。
そして約一年後、この『ポルトレ』の連載が始まった。
第一回目は当然、安岡章太郎氏。
ご自宅の居間兼書斎でソファーに気持ち良さそうに伸びやかに横たわる氏のポートレートを撮りながら、撮れる幸せを噛み締めていた。
今想い起こすと、夢のような写真の日々の幸せの始まりだった。